今まで、深く考えることもなく、各種の展覧会を見てきました。
その中には、先日の若冲のプライスコレクションもあります。
コレクターは本人の考えのもと、テーマを持って、蒐集されるので、見るほうにとっても、
ばらばらの細切れにならずにとても助かります。そういえば、今までにも、
蒐集にまつわる逸話はいくつも聞いてきました。
お金にあかせて、どろどろの争奪戦をしてまで、コレクションに加えたい
大きな、熱い情熱がどのコレクションにもあることを、認識しました。
コレクションとなると、われわれレベルのことでも同じことが言えますが、
好きだからではなくて、
myコレクションにいれたいが先になるように思います。
A、B,Cと連作があれば、好きなAだけでなくて、BもCも並べたいのです。
昨日の安宅コレクションでも、対にできたものが数点あり、後年見せていただく我々も十二分に
楽しませていただきました。
後味が悪かろうが、すばらしいコレクションには変りありません。
時間を忘れるほど、じっくりとみとれて、疲れ果てて帰宅しました。
陶磁器ですから、焼成されているのですが、表面の美しさ、微妙な色彩、手にとって触りたいものがいくつもありました。
「一つ、あげるよ。」といわれたら、小ぶりで、置き場所に困らない
国宝の油滴天目茶碗にします。おろししょうがをたっぷりのせて、焼き茄子を盛りましょう。
最近、気になっていることは、一般家庭での美術品の継承です。
私が居住している町の公立美術館〔立派な建物です)でも、時折お名前を聞いたことがあるような、
ないようなといった方々の遺作展や、物は同じでも、所蔵品展が催されます。
それらは、ご遺族からの、個人では保管しきれない「寄贈品」です。そういう中に、
「フジタ」との往復書簡や「佐伯」の写真があったり、思いがけないものに出会います。
ご遺族が個人的にしまいこんでしまったら、目にすることのできない品々です。
阪神大震災後、こういう寄贈品が増えているように思います。
市としても、それらの、保管場所の確保や経費も大変なことだと推察いたします。
昨夜、東名、名神の高速道路をバスで、帰ってこられるという友人のお嬢さんは
途中のサービスエリアで台風の通過を待たれたようで、ご無事で何よりでした。

